アラフィフ女のツブヤキ

猫はかぶっていませんが「熊」を被って生きてます。

初夏の休日の過ごし方★衣替え編

面倒くさいけど、必須仕事。それが「衣替え」

休日は「休みの日」なのだから、休みたいのが本音。

だけど主婦だから「家事」「用事」「雑事」の3Gに追われて結局休めない。誠に残念なハナシである。

だけど、仕事と同じように「家事」や「用事」や「雑事」も、仕組みづくりをすれば楽をしてこなせるはずである。もう、グタグタ主婦からは卒業しよう。

その為にはルール作りが必要だ。報酬も必要だ。というわけで、マイルールを作ることにした。

 

月に2日「家事集中プログラム」を実行する。

休みの日を確保するためには、「一部の休日」に家事をやっつけてしまうことにするとよい。というわけで、私は家事集中プログラムを実行することにした。そして、その報酬は1万円と設定。

 

私が私に払う、というわけなので、何の意味があるの?という気持ちにもなるけれど、この一万円は「貯めずに使う」お金として仕訳けるのだ。欲しいものを買う言い訳として使える(自分に対して罪悪感なくお金を使える)というわけだ。

 

そして、本日は、家事集中プログラムの初日。「初夏の衣替え」決行日、というわけ。

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カーテンを揺らす5月の風は心地よく、良く晴れて洗濯日和なので半袖のシャツなどをガンガン洗濯。

朝一番に干した洗濯物は、昼前にはすっかり乾いて、第二弾の洗濯物を干しても夕方にはカラッと乾きそう。

入院を機に、家事分担の見直し

我が家はこれから夫が闘病生活に突入の予定。

その薬を使うのに通院で開始する人もいるけれど、夫の場合には持病があるために入院にて経過を観察することになった。

今まで通り、がっつり家事を分担してもらうのは、実は心苦しい。ただ、遠慮するようなことを言ったりすると、彼は「たいしたことない」と言って出来るだけ今までと同じように色々なことをやろうとするに違いない、と思う。

だから「俺がやらなきゃ」と彼が思うような状況にしない、ということが私にできることではないか?考えた。

家事負担は、夫の目に見えない形で負担を私の方へ大きく振り分ける必要がある。そのためには、家事を「仕事」として認識し、ルーティンワークとして日々にこなす「家事」も今までよりも少し増やそうと思う。

働き方も、考える必要があるかもしれない。

正直なところ、シフト制で安い給料で働いている私は、仕事内容から定時で帰れるとは限らないし、もともと私は元気溌剌印というわけではない。というか、けっこう「オツカレ主婦」であることは否めない。だから「アラフィフ女」というよりは「オツカレ主婦」の方がぴったりくるかも?なんて思ったりする。(→ブログタイトル変えようかな)

夫の病気は、投薬治療がかなり効果を発揮して薬を飲み続ける限り進行をしないようにコントロールができる可能性がある、と言われている。上手にコントロールが出来れば、普通の人と変わらないような生活が送れる、とドクターから説明を受けている。

 

しかしながら、持病がある場合には事情が変わり、すこしばかりトラブルも予想される。

薬も全員が飲み続けられるというわけではなく、効果の出ない人もいるし、副作用などで使い続けることができない場合もある。第二世代、第三世代の薬も開発されて承認されているけれど、それぞれに糖尿病が悪化する可能性や、心臓に負担がかかったりと、夫にとっては重い副作用の心配がある。

 

もしも、夫が入退院を繰り返すことになったり、日常生活に少々の手助けが必要になったりすると、私は現在の仕事を続けることが出来なくなる。

なぜなら、私の現在の仕事は「その場所に居ること」が絶対条件になる仕事なのだ。こちらの事情で時間を自由に使えるタイプの仕事ではない。

そのうちに、働き方についても考える必要が出てきそうである。嗚呼!頭が痛い。

 

夫の闘病生活が想像よりもハードにならなければ、きっと今までと同じように「一緒に買い物へ行って」「荷物を持ってもらう」日々を続けることができるだろう。

心配し過ぎだった、ということになりますように、と願うばかりである。

 

 

 

 

 

 

ヨーグルトで「乳酸菌ライフ」

今週のお題「おやつ」

最近、太ってきた。

怖くて体重計には乗ってない。でも、太っていたことは分かる。

去年はゆるゆるだったスーツがパツパツになっている。若干むくみ気味ということはあるけれど、それでも太ってきたことを実感している。原因は、ストレスによる過食。わかっちゃいるけどやめられない。

でも。このままおデブ街道をまっしぐら!というのもいかがなものか。

 

ということで、私は大好きなお菓子を少し減らすことにして、食べるお菓子を変えることにした。

シュークリームやクッキー、チョコレートが大好きな私は「小麦粉をたくさん使っているお菓子を避ける」ことにした。一大決心!

 

まずはお菓子を買わないキャンペーン。

 

買ってよいものはヨーグルトやプリン、ゼリーなど。

それでもどうしても食べたいときには、少しお値段の高い「ご褒美ケーキ」を買って、たくさん買わないようにする、という作戦。

 

お菓子をたくさん食べてしまうのは、特にお昼休みのお弁当の後。お菓子を食べながらネット検索が常態化していて、ダメダメライフだなぁ、と思う。

そこで、ゼリーなどで罪悪感なくおやつを食べることにしたのだ。2週間ほど続いているおやつチェンジで、少しだけ、おデブ街道から現状維持街道へとルート変更できたような気がする。

いろんなゼリーやヨーグルトを試した中で、私が気に入ったのは・・・

ダノンのOikos

www.danone.co.jp

濃厚なギリシャヨーグルトにフルーツソースが甘みを添えて、「脂肪ゼロ」で100㎉未満って、それだけ聞いてもうれしいし、食べて美味しい。しっかりと満足感のあるおやつだ。

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本当は、クッキーを食べたいけど、がまんがまん。いつの間にか太ることはあっても、いつの間にか痩せるっていうのは・・・アラフィフだと「病気?」ってことになる。

閉経に向けて太りやすくなる時期だからこそ、特に気をつけなくちゃ。

私の場合、中性脂肪が高かったり、ちょっと太るとすぐに心臓に負担がかかって不整脈が出たりするので(それ自体は病気というわけではないけれど)健康に悪影響が出る可能性もあるので、やっぱり体重管理はとっても大切なのだ。

これから闘病生活を始める夫のことを思えば、私が疲れた疲れたと言ってダウンするわけにはいかないので、せめて自分の体調管理は自分でちゃんとやらないとね。

 

心配と不安で眠りも浅くなっているようで、朝起きてもスッキリしない。仕事中も強烈な眠気に襲われたりして、どうにもスッキリしない。やろうと思ってスタートした勉強も頓挫してしまって、再開する気持ちになれない。

でも、どこかで踏ん切りをつけて立ち上がって歩き始めなくちゃ。

 

2017年5月24日くもり。

さてさて、今日も頑張ろう。

おやつにグリーンスムージーでひとりごと。

今週のお題「おやつ」

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今日は休日。ひとりでカップラーメン(トムヤムクン味)を食べ、PCに向かう。そうだ、おやつにしよう。冷蔵庫を開けると数日前に購入したグリーンスムージーを発見。野菜不足だし、これにしよう。ひとり寂しくジュースを飲む。私は今、ものすごく落ち着かない時間を過ごしている。

 

これから告知を受けてきます。

さて。

私は今、ものすごく落ち着かない。いや、少し落ち着いてきたかな。もしかするとスムージーを飲んで落ち着いた気持ちになったような気がしているのかな。

 

夫がとある病気の疑いがあるかもしれない→あるらしい→あるに違いない→やっぱりそうらしい→ドクターからの告知のための面談の約束→いまココ→面談

 

実際のところ、いい天気なのに、カーテンが半分しか開いていなかったり、15時の約束なのに、晩ご飯の用意をする気持ちになれなかったり。そわそわして堪らない。

 

検査内容から、ほぼほぼ病名は察知出来ていて、もちろん最初に紹介状をもらった時には「〇〇の疑い」と言われているので、さほど驚いているわけではないのだけれど。

 

そんな時、おやつって「味がするのかな」と思った。よく何もわからなくなった、とかって聞くでしょ。

 

私は生命保険の募集人で、給付金の支払いのお手伝いもたくさんして来たので、告知を受けた時に「頭が真っ白になった」とか「どうやって帰ったのか覚えていない」とか「病院の駐車場へ行って自分の車を見つけることが出来なかった」とか「休みを取って病院へ行ったのに、会社へ行って皆に驚かれた」なんていう実話をたくさん知っている。

いくら病名の予測がついているとはいっても、実際にドクターから告知をされたら尋常じゃない気持ちになるだろうと思う。

だから、晩ご飯の用意をして出かけた方がいい。そう思うけれど、そんな気持ちになれない。人間というのは弱いものだ。いや、私がだらしないだけ?

 

ちなみにスムージーは普通においしかった。私が患者本人じゃないからかな?

 

実を言うと、夫はわりとのほほんとしている。

病名も「おしゃれじゃん」と言う。

確かに、生活習慣病の果てになる病気としては想定していない病名だ。普通に仕事へ行き、普通に遊びに出かけている。自覚症状に乏しいと言われるがんの中でも、特に自覚症状がない。偶然に発見されなければ、見つからないまま、急性転化で手遅れになることもあると聞く。まあ、最近は健康診断で見つかる人も多いのだけど。

夫も既往症の受診時の採決で数値の異常を指摘され、精密検査となった。

 

疑いを言い渡されて精密検査となって以来、ダイビングやスポーツ観戦でのお出かけが以前に増して多くなった。

買い物も普段なら我慢するような値段のモノも買ったりして、思い切った行動が目立つ。ストレス解消行為、というように私の目には映る。

 

病気の種類から考えて、これから面談で話されることは単なる病名告知ではなく、治療方針や治療目標の設定についてだろうと思う。

持病もあることなので、慎重な投薬管理が必要になることは間違いないので、夫がネットで収集した一般的な治療(投薬にて病気がコントロールできる)というわけにはいかないかもしれない。

 

私はまた冷蔵庫へ行き、プリンを開けた。抹茶味。冷たくてぷるんとして、うまい。

夫は高価な買い物が増えたが、私はお菓子を食べる量が増えた。そして体重も増えた。

分かっているけれど、落ち着かない。

ブログなんか書いている場合じゃない。わかっているけど食べるのをやめられない。

なんと、私はポテチの袋まで開けてしまった。大好きなのりしお味。甘いものを食べたら急に塩気のあるものを食べたくなったのだ。なんだかいつもよりも美味しくない。

味と言うよりも風味が感じられない。香りかな?嗅覚が鈍っているのかも。あっという間に一袋完食。これは太って当然だわ。

 

そしてやたらと病名や薬名でのネット検索がやめられない。

 

本当は、e-ラーニングの期間が終わりそうなので、それをやらないとお金を捨てることになるのだけれど、送金したときは義母が入院するとか夫がまさかの病気になるとか、想像もしていなかったので、勉強しよう!って意気込んでいたのだ。

e-ラーニングのページにアクセスしてもあまりやる気になれない。病気のネット検索の内容は頭に入るのに、ラーニングの画面に表示される文字は理解不能。

 

やっぱり落ち着かないと勉強もできないし、まともな文章も書けそうにない。

 

告知を受けたら、あとは治療をするだけ。私はそのサポートをする。

ここからがタイヘンって、知ってるからなあーーーーー。落ち着けるわけがない。

待合室で食べるチョコレート持っていこう。泣いちゃうかもしれないからハンカチ持っていこう。駐車場の場所、ちゃんと覚えておこう。さぁ!行くぞ。

ゴールデンじゃないウィーク

今週のお題ゴールデンウィーク2017」

 

今年のGW最大のイベントは・・・息子の参観日。

NHKはGWと言わないらしい。。。

世の中には知らないことがたくさんあります。

例えば、この「ゴールデンウィーク」という言葉の由来をご存知でしょうか。

gogen-allguide.com

現在のゴールデンウィークに当たる期間に上映した映画の大ヒットから「多くの人に映画を見てもらいたい」という願いを込めて命名されたそうなのですが(他にも説はあるとのこと)実は、NHKは「ゴールデンウィーク」という表現は使わず、大型連休というのだそうです。

 

由来に商業的な意味合いを含むことと、この期間が10日ほどあること(一週間より長い)、そして、ゴールデンではない(世の中の連休の方々を楽しませるために働くサービス業界など)働く人々を慮ってのことらしい。

 

実際のところ、我が家でも「ゴールデンウィーク」なのは夫と息子(いや、本来であれば高校三年生、ゴールデンなウイークを過ごすべきではないと思いますが、私のお見過ごしでしょうか。。。)で、残念ながら私はちっともゴールデンではございません。

 

どちらかというと、なにかしらのややこし案件が発生すると、頼りにしているカスタマーサポートなどがゴールデンウィークで休業していてクレーム寸前状態に追い込まれるリスキーウィークでございます。

 

一年に一度、PTA総会のお楽しみ

実は、うちの息子は合唱部に所属しており、私もおよそ35年ほど前には同じように合唱部が生活の中心でありました。

息子が通う学校は、NHK合唱コンクールの常連校で、去年もあちこちへ遠征しました。私立高校なので、総会資料にはいかにたくさんの恩恵を受けているか、ということがわかり、ありがたい気持ちでいっぱいです。

しかも、この総会では同じように全国レベルで活躍する吹奏楽の演奏も聴くことができるので、私は希望休を申請し、夫と二人で出席しました。

 

演目はNコン課題曲「君が君に歌う歌」

最近ではPOPな曲が課題曲になることもあって話題になるNHK合唱コンクールですが、かつてはこれを目指して歌っていた「昔の合唱部部長」としては、息子が同じように舞台に立ち、課題曲を歌うのを見るのは感無量です。

 

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www.nhk.or.jp

合唱に興味のない方も、ぜひ聴いてみてください、素晴らしい曲です。

メロディも美しいし、なんといっても歌詞が素晴らしい。

若者へのメッセージが若者に伝わるのかどうか、我が家の息子についていえばかなり微妙な気もしますが、この歌詞に描かれているように、私は若者たちがみな、自分の星を見つけ、目指し、その輝きが唯一の美しさであることを知る日を迎えられるようにと心から願います。

 

課題曲が持つ素晴らしさは、この曲を全国の合唱部員が歌う、ということ。

皆が等しくこの楽譜を手に練習を重ねる。何回歌うかわからないほど歌う。暗譜して歌い、また楽譜を見て「正しく歌えているかどうか」を確認し、を繰り返す。

歌詞を読み、その意味を考え、感じ、想像し、語り合う。

隣の人、隣のパート、他のパート、ピアノとの調和を耳で聴き、心で感じる。

 

全国大会へ何度も出場し続ける学校に通う合唱部員も、いつも予選落ちの学校に通う合唱部員もみんなみんな、この曲を歌い、練習に練習を重ねる。

私はいつも予選落ちの学校の合唱部員だったけれど、息子は全国大会常連校で歌っている。なんと羨ましいことか。この素晴らしい体験を自分で経験できなかったことは残念で仕方ないけれど、息子を通して体験できることは本当にありがたい嬉しいことだと思います。

 

 タイムや点数を争うスポーツとは違う、文化部特有の「評価される」ことを経験することは大きな意味があると思います。

 

私は息子たちの演奏を聴き、感動しました。この曲のメッセージを受け止めたいと思い何度も聴きました。

 この曲の持つメッセージは若者へのエールであると言えるし、若者がこののちにまたこの曲を「思い出す」ときにも、みんなで集って「一緒に歌う」ときにも、それぞれ違う「受け止め方ができる」素晴らしい歌詞であると思います。

 

私の星はどうした?

 若者はこれから自分の目指す星を見つけて旅立つわけですが、旅立って久しいかつての若者である私は、どうだろう、と思うわけです。

 

私だって歌うことを仕事にしたかったけれど、それはしょせん「夢でしかない」とあきらめて「我が家」という星に安住しているわけです。

仕事も「ここでずっと」と願った星から出ていく羽目になったのは「夫の転勤」というやむをえない事情で良くある話ですが、残念ながら、私は次の星が正直なところ「気に入らない」のです。

 

私の次の星は、今のところ小さくて弱い光しか放っていないけれど、

本当は どうなのか 見に行こうよ 

そう言われて私は「見に行こう」という気持ちになりました。母もエールを受け止めます。本当はどうなのか、見に行きたいと願う息子を、応援したいとも思います。

 

素敵な課題曲をありがとう。

最後に私が好きだった課題曲を貼り付けておきます。課題曲もこんなに傾向が違うなんて、と思いますが。

www.youtube.com

この譜面をもらった時、「うつくしい鐘」とはどういうものなのか、その鐘はどんな音色なのか、と考えました。

私はアラフィフになっても「私の心の中のうつくしい鐘を鳴らす人」でありたいと願っています。

 

 

大人の「ひとり」部活動

今週のお題「部活動」

学生時代の思い出

学生の頃、私は部活と生徒会に文字通り、命を懸けていました。

私が一所懸命になっていたのは「合唱部」そして「文化祭」でした。楽しい部活の思い出は、今でも私の心の中で宝物のようにキラキラ輝いています。

大人になっても合唱を続けるつもりでしたが、大人の部活には意外とお金がかかります。合唱は、活動費・楽譜代・衣装代・定期演奏会のチケット分担など、奨学金を返済いながらひとり暮らしをする社会人一年生には、贅沢な負担だと感じました。

そして、活動を維持するためには決まった日にちの決まった時間に「集合」しなければなりません。

学生が音楽室へ放課後に集まるのとは違って、その時間を捻出するのが難しいのが社会人。私も「行きたくても仕事で行けない」状態が続き、やむなく私の部活は終了しました。

部活動の楽しさ

 部活の何が楽しいか、というと、「学業以外の好きなこと」を追求できるということです。要するに課外活動であるということがその楽しさの根底にあるのではないでしょうか。

本来なら、「仲間」がいることがその楽しさを増幅させるのでしょうし、その楽しさを「共有する喜び」や切磋琢磨してより高みを目指すということも部活動の意義だと思いますが、大人になると「個人活動」もよし、としなければ先へ進むことができません。

大人はひとりを恐れるべからず。

ということで、ひとりでも部活動の楽しさは味わえる、私はそう思っています。

 

「大人のひとり部活動」開始

今の私のひとり部活動は、「映画鑑賞部」ですね。

これは実際の映画館へも出かけるのですけど、なかなか出かけるのも難しいこともあるので「自宅で映画鑑賞も、連続テレビドラマもOK」ということにしています。

今回、本当は「美女と野獣」を見に行きたいけれど、時間の都合で行けないので代わりにHuluで期間限定公開されている「シンデレラ」(2015年/実写版)を観ました。

 

シンデレラですよ。継母にいじめられて魔法使いの助けでパーティで王子様に見初められて王子様に探し出されてめでたく結婚するという、シンデレラストーリー。評価は★★★となっていました。

 

残念ながらもう若くない私。ついつい継母の肩を持つような目線に自分でもびっくり(笑)

シンデレラのパパが死んでしまって、継母は「もうお終いよ」と嘆いたシーンを見て、そこに私自身を見てしまいました。夫は生きていますが、私だってもしも夫が急に死んでしまったら「もうお終いよ」という気持ちになることでしょう。今までと同じような生活を維持できないことを、継母も私も知っています。女の立場は国や時代が違っても大して変わっていないと言えるのかもしれません。

 

シンデレラには大きな謎があります。

すべての魔法は12時の鐘で消え去ったのに、なぜガラスの靴は消えなかったの?子供心に不思議に思ったシンデレラの謎。

母に問うと「おとぎ話だからね」と言われたことをハッキリと覚えています。そして、その時に「胡麻化された」と感じてがっかりしたことも。

シンデレラ (吹替版)

この映画では、シンデレラは舞踏会へ行くためにドレスを自分で作ります。大切なお母さまのドレスをリフォームして。かわいらしいピンクのドレス。継母が言うようにちょっと、ちょっと、ちょっとダサいけど。

ドレスを破かれ舞踏会へ連れて行ってもらえなかったシンデレラ。

幸運はみすぼらしい姿で現れる。「優しさですべてが変わる」といったフェアリーゴットマザー。着心地のいい服に着替えないとね、と魔法の杖を投げる。素敵よね。魔法のキラキラにはおばちゃんだってワクワクします。やっぱり「着心地のいい服」は全てを変えます。いや違う、「優しさがすべてを変える」のでした。

「みんなにかぼちゃの馬車を作ってあげるわけじゃない」(フェアリーゴットマザー)

そう。魔法はみんなに現れるわけじゃない。

かぼちゃの馬車、ねずみの白馬、がちょうのお付きの者、トカゲの御者、なぜかフェアリーゴットマザーが「ブルーでもいいかしら?」といって色を変えてしまった、お母さまのピンクのドレス。(サムシングブルーってことなのかしらね)

フェアリーゴットマザーはシンデレラのみすぼらしい靴を脱ぐように言った。

そして、その靴に魔法をかけたのではなく、脱いだ素足に魔法をかけると、ガラスの靴が出現した。ガラスの靴は何もないところから作られた唯一のアイテムだった。おおおー!そーゆーことなのね。

 

自宅でコーヒーを飲み、ケーキを食べながらシンデレラを見る、というのもナカナカナものです。

大人の部活動は時に孤独ですが、それはそれで楽しいものです。

 

でもやっぱり、映画館で「美女と野獣」を観たい。ますます観たい、ぞ。

 

 

 

 

 

久しぶりの図書館で借りた本・・一流のプロは「感情脳」で決断する ジョナ・レーラー

お題「読書感想文」

 

一流のプロは「感情脳」で決断する

図書館はお好きですか?

私は「返却」へ行きそびれてしまうのが怖いということもあり、足が遠のいていましたが、先日久しぶりに立ち寄りました。隣接する講演で桜の写真を撮ってその帰りにふらりと立ち寄りました。

 

15年ほど前、子供が小さなころには絵本を借りに図書館へは良く通いましたし、5年ほど前には試験勉強のために自習室をよく利用していました。

転勤して違う都市での公立図書館利用ですが、昔と今、図書館事情も随分と違っているようです。

私がちょっと残念に思う空調ですが、一言でいうと「ぬるい」という表現がぴったりでしょうか。決して暑くはありませんが決して涼しくはありません。空気の流れすら感じません。閉鎖された奇妙なぬるさに満たされています。

その昔は「学習」や「読書」のために図書館で涼んでいましたが、「ぬるーい図書館」これはちょっと残念ですね。

 

場所によって立地条件が違い、多少のコンセプトの違いもあるのでしょう。佐賀の武雄市立図書館などは、旅行の帰り道に立ち寄りました。スタバなどもあり、ついつい散財してしまいそうな図書館ですが、新旧の情報収集が出来るということは素晴らしい。

www.epochal.city.takeo.lg.jp

私が以前住んでいた都市の公立図書館には自習室があり、受験勉強をする学生や試験直前の詰め込み学習をする社会人の姿をよく見かけました。

私自身も一夜漬けならぬ土日漬けのために試験前には自習室へ通っておりました。懐かしい思い出です。

現在、居住する都市の図書館には館内に学習スペースがありますが、「学習オーラ」に満ちた空間ではないため、勉学に集中することが難しいように感じます。

隣の人の学習に集中する様子が私のやる気を後押ししてくれるような、そんな場所が私は好きでした。窓から美しい景色が見える学習スペースでは気が散って集中できません。意志が弱いもので、ね。

 

背表紙から得るインスピレーション

別に何を探す、という目的があったわけではないのですが、背表紙を眺めながら館内を歩いていると、このタイトルが気になって立ち止まりました。

一流のプロは「感情脳」で決断する ジョン・レーラー著

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感情脳、というものが何なのか、私にはわかりませんが、自分が疑問に思っていたことが書かれているのかもしれないと思い、借りて読んでみることにしました。

私の悪い癖で、自分に興味のない部分については飛ばし読みをしてしまいましたが。

 

私の「感覚的な決断」を肯定してくれた、ありがたい本

女性は感情的だ、とよく言われます。

その女性の中でも、私はどちらかと言えば感情豊かな部類だと思われていますし、私自身もそう思います。

ビジネスで何らかの決断をする、あるいは選択をする、という場面においても私は自分自身の感覚的なもの、をその根拠とします。他人にその理由を説明しろと詰め寄られるとシドロモドロになります。

また、何かしらのトラブルの発生を「予知」します。時に気持ちが悪いと言われるほど「何か起きる」と感じ、なぜ何か起きると自分が感じているのかを頭の片隅で検索し続け、真夜中にその理由を見つけ、同僚にメールして顰蹙を買ったこともあります。翌朝でもよいのでは?と言われましたが「翌朝には忘れてしまいそう」だったのです。それによってかなりの損害を阻止できたことは確かですが。

以後、メールは送信せず、タスクに入力するようにしました。一応、私も学習するのですよ( ´艸`)

 

また、何かしらの「予知」するというようなこともあります。

私のこの奇妙な「予知エピソード」で気味悪がられた最初の出来事は高校生の時、生徒会役員の後輩がやってきて「お願いがあるんですけど」と言われてつい、「ああ、生徒総会の司会でしょ」となぜか言葉が口から突然飛び出して・・・

彼女が目の前に現れるまでは、自分自身の秋の合唱祭の練習に追われて何も考えていなかったのですが。

後から考えると、生徒総会が開催される時期や、司会を探す立場の彼女の人脈などから考えると、その候補の上位に私がいるであろうと予想することはさほど難しいことではなかったわけですが、何も言ってないのになぜ分かったんですか?と。

 

「その人はやめた方がいい」と共通の知り合いの紹介で年上の男性と付き合い始めた友人にそう言ってしまったのも理由なんて全然わかりませんでした。それこそ言葉が口から突然飛び出して、自分自身でも何を言っているのか分かりませんでした。

どうしてそんなことを言うのか、と友人はかなり腹を立てましたが、その人が妻子持ちだったことが後から分かり、「どうしてやめた方がいいといったの?」と聞かれましたが、思い当たることは特にありませんでした。

友人は少し気味が悪い、と言いましたし、私も実際、自分が不気味でした。

 

職場で「集金が必要」な業務を担当していた時期に、上司が「大丈夫」だと言った相手には「先に集金をします、決まりですから」と強引に事前集金をし、上司が「危ないから先に」と言った相手に「本来は事前集金ですが、ご事情をお察しして事後集金で承ります」と言い、私の集金率はほぼ100%でした。

上司が「なぜ?」と聞いてくるのですが、私には理由がさっぱり分かりませんでした。本当に直感で振り分けが出来ていたのです。別の部門でも集金が必要だったのですが、そちらはかなり外していたので、私の判断には何かしらの法則があったのでしょうが、正直なところ、私はその法則が全く分からず、自分自身を気味悪く思っていました。

そのころにもう少しこの事象に興味を持っていたら、その後の人生も少し違ったかもしれませんが、自分自身でも何かしらのオカルト的なモノの存在のような気がして怖くて深く考えることはしませんでした。

 

理性的で理論的であることが求められる男性社会で、説明のできない理由で「あっち」「こっち」「これ」「あれ」と方針転換しながら「うまくやって」「成果を上げる」女性社員が、いかに男性諸君にとってイヤーな感じなのか、私にもよくわかります。

 

そんな私のもやもやした気持ちを「感情脳」という言葉で表現し、この直感=感情脳が膨大な情報や経験のインプットから学習による「予測」である、と肯定してくれたことに私は心から感謝したい。私は変な「予知能力」みたいなものが備わっているようなバケモノではなかったのだ、ヨカッタ(安堵)

 

私は数ある書籍の中から「私のもやもやした気持ち」を解消してくれる本を「みつけ」「手に取り」「読んだ」のです。私って、えらい!(のか?)

ビジネス本などを購入するときにはパラパラと立ち読みし、自分の「何となくこんな感じ」に近い本を選んで読むわけですから、当然の結果ともいえますけどね。

あらやだ。AIの得意分野と被ってない?

私はとっても女性らしい女性なので、男性とは情報の収集方法やタイミングが違っていることでしょう。見えてないものが見えてますし、彼らが見ているものを見ていないことも多々あります。(互いに補完しあうような関係でありたいものです)

「観察し」「情報を収集し」「必要な条件に当てはめて」「予想する」ということを、私は特に意識せずに常日頃から行う脳の使い方をしているのでしょう、きっと。先入観なく眺めているスタンスをずっと続けています。必要な情報は「質問」して得るようにしているかな、と思います。

ビジネスに必要な質問だけではなく、その人となりを知るための情報収集や、私を知ってもらうための情報開示のための呼び水、会話の発端となるような質問もしていますね、たぶん。上司から見るとそれは「雑談」としか思えないようですが。

それらの記憶は商品選択の理由づけになり、顧客がどのような判断をするのかを予測する根拠となり、結果を予測するための「目的を共有した共感」となり、その部分の脳は営業中にフル回転していると自分でも感じます。

 

それは暗記する脳や記憶する脳とは少し違う領域なのでしょう。もう少し「勉強脳」は鍛えておくべきでした(反省)そっちはいつまでたっても苦手分野であり続けるので、私はそっちをAIに頼りたいと願っています。

 

この本の中では「感情は知的である」とされており、私は狂喜乱舞したい気持ちになりました。

また、自分が感じていることについて「なぜそれを感じているのか」その理由を考えることが大切だと書かれている

それはいつも私が「変だ」と感じた時に自分の脳内で検索キーを押す行為を「肯定」してもらったようで、非常にうれしかった。

そして、この脳内検索作業は、何度も私を救ってくれました。

夫の転勤で離ればなれになりましたが、かつての仕事のパートナー(女性)は、一緒に仕事をするうちに、誰よりも私の「何となく気になる」を信じてくれるようになりました。

私は、この「何となく」が信頼を失う(理解できないと拒絶される・あなたと比較されてはたまらないと嫌われる)パターンの方を数多く経験しているので、信じてもらえるようになったときは本当に嬉しかったですし、夫の転勤で彼女と離ればなれになることは本当につらいことでした。

そして、新しい職場であらゆることに「根拠」と「理由」を求められ、すっかり心身ともに消耗してしまっています。

 

私が無意識のうちに、このちっぽけな脳で行っていることと同じようなこと、「雑多な観察データ」を「相手の嗜好・価値観・家族構成・経済状態など」や「過去の成功事例・失敗事例」により「予測」するということは、先日雑誌で読んでAIが得意とする分野ではないか、と感じたのです。

「感情脳」が感情そのものではなく、収集した情報による予測によるものであるとするならば、AIの得意分野なのではないでしょうか。当然、AIの学習能力に太刀打ちできるとは思えません。

この「状況判断による予測」の結果、複数の提案パターンを提示し、細かい条件などについて解説して顧客の決定を促すようなAIが開発されれば、私の能力など無用の長物になってしまうのではないか、と、嬉しい気持ちから恐ろしい気持ちへとジェットコースターみたいな感情の乱高下を味わってしまいました。

 

2009年の初版本ですが、なんだかこの本を手にしたことは自分の感情脳を肯定するためだけではなく、今後のワークライフへの「警告」のような、そんな気もしてきました。

10年後、私の仕事はどうなるのでしょう。。。。。ね。

 

 

 

毎月19日は「食育の日」

お題「健康」

 やっつけご飯を反省

毎月19日は「食育の日」です。今日、知りました。

日々のやっつけご飯を反省しております、はい。帰りが遅くなるとお惣菜に頼ってしまいますし、帰ってから作ると食べるのが遅くなってしまうので、それはそれで問題があります。

疲れて帰るとついつい、自分におつかれさま「ビール」も増えてしまって。ほんとに反省しなきゃいけませんね。

kotobank.jp

 

食事といえば「健康」が気になるお年頃

未病の状態ではあるけれど、なんとなく不調を感じるアラフィフのワタクシ。

仕事のストレスや慢性的な疲労の蓄積で、身体もココロもオツカレなのでございます。仕事が忙しい→帰りが遅くなる→やっつけご飯が増える→食事の量が増える&質が落ちる・・・悪循環です。

 

腸内環境改善をはじめてみよう

ご飯がおいしい。食事が幸せ。そんな私は食事の量を減らす努力はあまり好きではありません。ダイエットが成功した過去の栄光はありますが、いつの間にかリバウンドしてしまいます。

仕事が忙しく、しっかりと食事を作る時間を確保することが難しい現在の生活スタイルから考えると、無理は新たなストレスを生むだけで、継続は難しいと判断しました。要するにいいわけです( ´艸`)

 

でも、この状況を放置しても良いとは思えません。なぜなら、だんだんと確実に太ってきているからです。増加した体重は1~2キロ程度ですが、下腹のポッコリ感が気になります。このままいくと、血液検査で中性脂肪の指摘が入りそうです。

 

そこで、取り組みやすい食事改善として「腸内環境改善」に取り組むことにしまして、まずは食事のおともにキムチを常備。

乳酸菌の働きで腸内環境改善を期待。白いご飯にのせて食べるのも美味しいですし、豚キムチ炒めも美味しくて大好きです。細かく刻んで小分けにして冷凍し、キムチチャーハンにするのも美味しいです。

www.ntv.co.jp

 

こっそりサプリメントも飲み始めました。

www.calpis-shop.jp

ストレスに効くと言われてつい。効果を期待したいものです。手軽に摂取できるというのはありがたいです。私の場合、朝のバタバタでつい、飲み忘れてしまうことが。

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サプリメントはいつ飲むのが効果的なのか、ということを調べると、一日の活動を開始する時間帯「朝食後」が良いと書かれているサイトが多かったので、朝ごはんの後に呑むようにしているのですが、この時間帯は本当に忙しいんですよね。

でも今日を機会に、やっぱり「朝食後」に飲む習慣をつけて続けようと決意を新たにしました。ありがとう、食育の日。