アラフィフ女の呟きブログ「cafe_6」

不惑を過ぎても、迷い惑い続ける毎日なのでございます。

久しぶりの図書館で借りた本・・一流のプロは「感情脳」で決断する ジョナ・レーラー

お題「読書感想文」

 

一流のプロは「感情脳」で決断する

図書館はお好きですか?

私は「返却」へ行きそびれてしまうのが怖いということもあり、足が遠のいていましたが、先日久しぶりに立ち寄りました。隣接する講演で桜の写真を撮ってその帰りにふらりと立ち寄りました。

 

15年ほど前、子供が小さなころには絵本を借りに図書館へは良く通いましたし、5年ほど前には試験勉強のために自習室をよく利用していました。

転勤して違う都市での公立図書館利用ですが、昔と今、図書館事情も随分と違っているようです。

私がちょっと残念に思う空調ですが、一言でいうと「ぬるい」という表現がぴったりでしょうか。決して暑くはありませんが決して涼しくはありません。空気の流れすら感じません。閉鎖された奇妙なぬるさに満たされています。

その昔は「学習」や「読書」のために図書館で涼んでいましたが、「ぬるーい図書館」これはちょっと残念ですね。

 

場所によって立地条件が違い、多少のコンセプトの違いもあるのでしょう。佐賀の武雄市立図書館などは、旅行の帰り道に立ち寄りました。スタバなどもあり、ついつい散財してしまいそうな図書館ですが、新旧の情報収集が出来るということは素晴らしい。

www.epochal.city.takeo.lg.jp

私が以前住んでいた都市の公立図書館には自習室があり、受験勉強をする学生や試験直前の詰め込み学習をする社会人の姿をよく見かけました。

私自身も一夜漬けならぬ土日漬けのために試験前には自習室へ通っておりました。懐かしい思い出です。

現在、居住する都市の図書館には館内に学習スペースがありますが、「学習オーラ」に満ちた空間ではないため、勉学に集中することが難しいように感じます。

隣の人の学習に集中する様子が私のやる気を後押ししてくれるような、そんな場所が私は好きでした。窓から美しい景色が見える学習スペースでは気が散って集中できません。意志が弱いもので、ね。

 

背表紙から得るインスピレーション

別に何を探す、という目的があったわけではないのですが、背表紙を眺めながら館内を歩いていると、このタイトルが気になって立ち止まりました。

一流のプロは「感情脳」で決断する ジョン・レーラー著

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感情脳、というものが何なのか、私にはわかりませんが、自分が疑問に思っていたことが書かれているのかもしれないと思い、借りて読んでみることにしました。

私の悪い癖で、自分に興味のない部分については飛ばし読みをしてしまいましたが。

 

私の「感覚的な決断」を肯定してくれた、ありがたい本

女性は感情的だ、とよく言われます。

その女性の中でも、私はどちらかと言えば感情豊かな部類だと思われていますし、私自身もそう思います。

ビジネスで何らかの決断をする、あるいは選択をする、という場面においても私は自分自身の感覚的なもの、をその根拠とします。他人にその理由を説明しろと詰め寄られるとシドロモドロになります。

また、何かしらのトラブルの発生を「予知」します。時に気持ちが悪いと言われるほど「何か起きる」と感じ、なぜ何か起きると自分が感じているのかを頭の片隅で検索し続け、真夜中にその理由を見つけ、同僚にメールして顰蹙を買ったこともあります。翌朝でもよいのでは?と言われましたが「翌朝には忘れてしまいそう」だったのです。それによってかなりの損害を阻止できたことは確かですが。

以後、メールは送信せず、タスクに入力するようにしました。一応、私も学習するのですよ( ´艸`)

 

また、何かしらの「予知」するというようなこともあります。

私のこの奇妙な「予知エピソード」で気味悪がられた最初の出来事は高校生の時、生徒会役員の後輩がやってきて「お願いがあるんですけど」と言われてつい、「ああ、生徒総会の司会でしょ」となぜか言葉が口から突然飛び出して・・・

彼女が目の前に現れるまでは、自分自身の秋の合唱祭の練習に追われて何も考えていなかったのですが。

後から考えると、生徒総会が開催される時期や、司会を探す立場の彼女の人脈などから考えると、その候補の上位に私がいるであろうと予想することはさほど難しいことではなかったわけですが、何も言ってないのになぜ分かったんですか?と。

 

「その人はやめた方がいい」と共通の知り合いの紹介で年上の男性と付き合い始めた友人にそう言ってしまったのも理由なんて全然わかりませんでした。それこそ言葉が口から突然飛び出して、自分自身でも何を言っているのか分かりませんでした。

どうしてそんなことを言うのか、と友人はかなり腹を立てましたが、その人が妻子持ちだったことが後から分かり、「どうしてやめた方がいいといったの?」と聞かれましたが、思い当たることは特にありませんでした。

友人は少し気味が悪い、と言いましたし、私も実際、自分が不気味でした。

 

職場で「集金が必要」な業務を担当していた時期に、上司が「大丈夫」だと言った相手には「先に集金をします、決まりですから」と強引に事前集金をし、上司が「危ないから先に」と言った相手に「本来は事前集金ですが、ご事情をお察しして事後集金で承ります」と言い、私の集金率はほぼ100%でした。

上司が「なぜ?」と聞いてくるのですが、私には理由がさっぱり分かりませんでした。本当に直感で振り分けが出来ていたのです。別の部門でも集金が必要だったのですが、そちらはかなり外していたので、私の判断には何かしらの法則があったのでしょうが、正直なところ、私はその法則が全く分からず、自分自身を気味悪く思っていました。

そのころにもう少しこの事象に興味を持っていたら、その後の人生も少し違ったかもしれませんが、自分自身でも何かしらのオカルト的なモノの存在のような気がして怖くて深く考えることはしませんでした。

 

理性的で理論的であることが求められる男性社会で、説明のできない理由で「あっち」「こっち」「これ」「あれ」と方針転換しながら「うまくやって」「成果を上げる」女性社員が、いかに男性諸君にとってイヤーな感じなのか、私にもよくわかります。

 

そんな私のもやもやした気持ちを「感情脳」という言葉で表現し、この直感=感情脳が膨大な情報や経験のインプットから学習による「予測」である、と肯定してくれたことに私は心から感謝したい。私は変な「予知能力」みたいなものが備わっているようなバケモノではなかったのだ、ヨカッタ(安堵)

 

私は数ある書籍の中から「私のもやもやした気持ち」を解消してくれる本を「みつけ」「手に取り」「読んだ」のです。私って、えらい!(のか?)

ビジネス本などを購入するときにはパラパラと立ち読みし、自分の「何となくこんな感じ」に近い本を選んで読むわけですから、当然の結果ともいえますけどね。

あらやだ。AIの得意分野と被ってない?

私はとっても女性らしい女性なので、男性とは情報の収集方法やタイミングが違っていることでしょう。見えてないものが見えてますし、彼らが見ているものを見ていないことも多々あります。(互いに補完しあうような関係でありたいものです)

「観察し」「情報を収集し」「必要な条件に当てはめて」「予想する」ということを、私は特に意識せずに常日頃から行う脳の使い方をしているのでしょう、きっと。先入観なく眺めているスタンスをずっと続けています。必要な情報は「質問」して得るようにしているかな、と思います。

ビジネスに必要な質問だけではなく、その人となりを知るための情報収集や、私を知ってもらうための情報開示のための呼び水、会話の発端となるような質問もしていますね、たぶん。上司から見るとそれは「雑談」としか思えないようですが。

それらの記憶は商品選択の理由づけになり、顧客がどのような判断をするのかを予測する根拠となり、結果を予測するための「目的を共有した共感」となり、その部分の脳は営業中にフル回転していると自分でも感じます。

 

それは暗記する脳や記憶する脳とは少し違う領域なのでしょう。もう少し「勉強脳」は鍛えておくべきでした(反省)そっちはいつまでたっても苦手分野であり続けるので、私はそっちをAIに頼りたいと願っています。

 

この本の中では「感情は知的である」とされており、私は狂喜乱舞したい気持ちになりました。

また、自分が感じていることについて「なぜそれを感じているのか」その理由を考えることが大切だと書かれている

それはいつも私が「変だ」と感じた時に自分の脳内で検索キーを押す行為を「肯定」してもらったようで、非常にうれしかった。

そして、この脳内検索作業は、何度も私を救ってくれました。

夫の転勤で離ればなれになりましたが、かつての仕事のパートナー(女性)は、一緒に仕事をするうちに、誰よりも私の「何となく気になる」を信じてくれるようになりました。

私は、この「何となく」が信頼を失う(理解できないと拒絶される・あなたと比較されてはたまらないと嫌われる)パターンの方を数多く経験しているので、信じてもらえるようになったときは本当に嬉しかったですし、夫の転勤で彼女と離ればなれになることは本当につらいことでした。

そして、新しい職場であらゆることに「根拠」と「理由」を求められ、すっかり心身ともに消耗してしまっています。

 

私が無意識のうちに、このちっぽけな脳で行っていることと同じようなこと、「雑多な観察データ」を「相手の嗜好・価値観・家族構成・経済状態など」や「過去の成功事例・失敗事例」により「予測」するということは、先日雑誌で読んでAIが得意とする分野ではないか、と感じたのです。

「感情脳」が感情そのものではなく、収集した情報による予測によるものであるとするならば、AIの得意分野なのではないでしょうか。当然、AIの学習能力に太刀打ちできるとは思えません。

この「状況判断による予測」の結果、複数の提案パターンを提示し、細かい条件などについて解説して顧客の決定を促すようなAIが開発されれば、私の能力など無用の長物になってしまうのではないか、と、嬉しい気持ちから恐ろしい気持ちへとジェットコースターみたいな感情の乱高下を味わってしまいました。

 

2009年の初版本ですが、なんだかこの本を手にしたことは自分の感情脳を肯定するためだけではなく、今後のワークライフへの「警告」のような、そんな気もしてきました。

10年後、私の仕事はどうなるのでしょう。。。。。ね。