アラフィフ女のツブヤキ

猫はかぶっていませんが「熊」を被って生きてます。

初夏の休日の過ごし方★衣替え編

面倒くさいけど、必須仕事。それが「衣替え」

休日は「休みの日」なのだから、休みたいのが本音。

だけど主婦だから「家事」「用事」「雑事」の3Gに追われて結局休めない。誠に残念なハナシである。

だけど、仕事と同じように「家事」や「用事」や「雑事」も、仕組みづくりをすれば楽をしてこなせるはずである。もう、グタグタ主婦からは卒業しよう。

その為にはルール作りが必要だ。報酬も必要だ。というわけで、マイルールを作ることにした。

 

月に2日「家事集中プログラム」を実行する。

休みの日を確保するためには、「一部の休日」に家事をやっつけてしまうことにするとよい。というわけで、私は家事集中プログラムを実行することにした。そして、その報酬は1万円と設定。

 

私が私に払う、というわけなので、何の意味があるの?という気持ちにもなるけれど、この一万円は「貯めずに使う」お金として仕訳けるのだ。欲しいものを買う言い訳として使える(自分に対して罪悪感なくお金を使える)というわけだ。

 

そして、本日は、家事集中プログラムの初日。「初夏の衣替え」決行日、というわけ。

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カーテンを揺らす5月の風は心地よく、良く晴れて洗濯日和なので半袖のシャツなどをガンガン洗濯。

朝一番に干した洗濯物は、昼前にはすっかり乾いて、第二弾の洗濯物を干しても夕方にはカラッと乾きそう。

入院を機に、家事分担の見直し

我が家はこれから夫が闘病生活に突入の予定。

その薬を使うのに通院で開始する人もいるけれど、夫の場合には持病があるために入院にて経過を観察することになった。

今まで通り、がっつり家事を分担してもらうのは、実は心苦しい。ただ、遠慮するようなことを言ったりすると、彼は「たいしたことない」と言って出来るだけ今までと同じように色々なことをやろうとするに違いない、と思う。

だから「俺がやらなきゃ」と彼が思うような状況にしない、ということが私にできることではないか?考えた。

家事負担は、夫の目に見えない形で負担を私の方へ大きく振り分ける必要がある。そのためには、家事を「仕事」として認識し、ルーティンワークとして日々にこなす「家事」も今までよりも少し増やそうと思う。

働き方も、考える必要があるかもしれない。

正直なところ、シフト制で安い給料で働いている私は、仕事内容から定時で帰れるとは限らないし、もともと私は元気溌剌印というわけではない。というか、けっこう「オツカレ主婦」であることは否めない。だから「アラフィフ女」というよりは「オツカレ主婦」の方がぴったりくるかも?なんて思ったりする。(→ブログタイトル変えようかな)

夫の病気は、投薬治療がかなり効果を発揮して薬を飲み続ける限り進行をしないようにコントロールができる可能性がある、と言われている。上手にコントロールが出来れば、普通の人と変わらないような生活が送れる、とドクターから説明を受けている。

 

しかしながら、持病がある場合には事情が変わり、すこしばかりトラブルも予想される。

薬も全員が飲み続けられるというわけではなく、効果の出ない人もいるし、副作用などで使い続けることができない場合もある。第二世代、第三世代の薬も開発されて承認されているけれど、それぞれに糖尿病が悪化する可能性や、心臓に負担がかかったりと、夫にとっては重い副作用の心配がある。

 

もしも、夫が入退院を繰り返すことになったり、日常生活に少々の手助けが必要になったりすると、私は現在の仕事を続けることが出来なくなる。

なぜなら、私の現在の仕事は「その場所に居ること」が絶対条件になる仕事なのだ。こちらの事情で時間を自由に使えるタイプの仕事ではない。

そのうちに、働き方についても考える必要が出てきそうである。嗚呼!頭が痛い。

 

夫の闘病生活が想像よりもハードにならなければ、きっと今までと同じように「一緒に買い物へ行って」「荷物を持ってもらう」日々を続けることができるだろう。

心配し過ぎだった、ということになりますように、と願うばかりである。